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第６６回 死を楽しむ |
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二人の男性のひと言である。
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一人は八十歳の父親を肺がんで亡くした息子である。病室には遠方から数日前に到着した長男一家､三男一家が､それに同居していた二男一家､総勢二十一人がおじいさんの死をみとった。
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歌舞伎役者のようないい顔をしたおじいさんで､死さえも役者の演技の延長にあるようだったが､二度とまばたきはなかった。
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死を告げて廊下に出ると､人込みの中から二男が出てきた。病状が悪化したと言っては、律義に泊まり込んで､家に帰ってみたいと言うときは､連れて帰り､何か食べたい物がある時は､母親や妻に料理を作ってもらって運んだりした。
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その二男がポツンとひと言。｢結構楽しませてもらいました。ありがとうございました」
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死を楽しませてもらったと表現すると､知らない人は変に思うかもしれない。不謹慎だ､と思う人もあるかもしれない。死への看病の紆余曲折をいい具合に乗り越えた人ならではの言葉である。｢ありがたいお言葉｣と感じ入り､ぼくは廊下で一礼した。
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もうひと方。この人は五十七歳の奥さんを子宮がんで亡くされたご主人である。鳥取市郊外の大きな醤油屋さん。奥さんの腫瘍は骨盤腔に浸潤､大出血のあと人工肛門を設置してもらって､総合病院から在宅ホスピスへと紹介になった。
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家で奥さんの面倒を見てやりたいと､ご主人は申し出た。においがする分泌物は体のあちこちにあったが､バケツに熱いお湯をくみ、タオルで体をふき､人工肛門の処置もして､最期には､高カロリー輸液のためのラインの管理もできるようになった。
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穏やかな日もあったが､苦痛の増す日もあった。｢先生､やすらかに。先生って､やすらかの専門家でしょ｣と奥さんに責められるぼくを見て､ご主人は苦笑い。四十日目の夜中の三時に息を引き取られた。
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後日､線香を上げにうかがった時､ご主人がひと言。｢最初大変でしたが､途中から面白くなってきまして｣
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｢いつごろから面白く？｣と聞いてみた。｢点滴を自分で調節するようになったころから変ですが､面白くなってきました｣
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「いつも横に寝て､と言っていましたから｣と仏前に今も寝ているご主人が､死への看病の日々を｢面白く｣と振り返ったそのひと言に､ぼくは深々と頭を下げた。
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★この原稿は、社団法人共同通信の「医師の目人の目 野の花の一日」（徳永進）という配信原稿を、サイト収蔵保存のため再録したものです。連載タイトルと毎回のタイトルは、サイト独自に付す場合もある旨をお断りしておきます。
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