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第６５回 私たちのがん |
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死のそばを生きている人に対して､してあげられることの一番は何だろう。してあげる人の立場によって､答えは違ってくるだろう。
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家族､家族でも親､子､パートナーで違う。親せき､友人､友人でも職場とか町内会とか、かつての恋人､とかで違う。
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医療者､医療者でも医者､看護師、看護助手､掃除係､ケースワーカー､事務の人､食堂のおばちゃん､などで違う。
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｢大丈夫だよ､治るよ､心配しないで､がんばって、ね」、こんな励ましの言葉をかけること､ぼくは悪くないと思う。
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いつもこれしか言わず､そそくさと病室を出てゆく医療者に対しては､｢安易な励ましはしない｣と、イエローカードが出されることはある。
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でも励ましは､安易でもうれしい。誰もが､いつも真実とだけ顔を合わせるのは、つらい。希望にはうそがあってもいい、うその希望というのはある。 患者さんの多くは､自分の体の中の異変をキャッチしていて、送られてくる励ましをその人なりの引き出しに分類しているように思える。
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痛みのコントロールを十分にすること､これはわれわれ医療者がなすべき最重要のこと。でも大昔､それらが不十分であっても､死へ向かっていった人々のことを思うと､痛みに耐える力､これも大切な力だわと､ぼくなんか思ってしまう。
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同様に､快適な療養環境の周到な用意､これも可能ならそうありたいが､在宅での最期の日々､その他の場での死を見させてもらうと､人はどんなところであっても､人間の情が通えば､いい死を迎えることができる､とつくづく思う。たとえ路上でも､野山でも､である。
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先日ある会で､看護師と思われる人が｢ご本人と家族に『私たちのがんのことですが』と話すと､今までと違うものをお互いが感じました｣と話された。｢私たちのがん｣という、不思議な言葉が心に残った。
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ほんとにそんなふうに思うことは難しいのではないか､と自問した。自分とは異なる個体。厳粛な摂理がそこにはある。でも､そのように深い気持ちで病む人のことを思っている､そのことのすごさを､その言葉から感じた。｢悶え神｣という言葉も連動して思い出した。
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個体としては別､でも思いは､別々の個体の間を走る。強く､深く思うと､その言葉｢私たちのがん｣や｢悶え神｣は顕在化してくるかもしれない。立場が違っても､｢深く思う｣は､できることの一番だろう。
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★この原稿は、社団法人共同通信の「医師の目人の目 野の花の一日」（徳永進）という配信原稿を、サイト収蔵保存のため再録したものです。連載タイトルと毎回のタイトルは、サイト独自に付す場合もある旨をお断りしておきます。
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