|
|
第４９回 友とふぐ鍋
|
|
|
|
|
淡々と一日を過ごす。できればそんな風に過ごしたい。でもこの時代、淡々は難しい。病気を抱えれば余計に難しいし、がんを抱えれば淡々はさらに遠くなる。
|
日高淳さんは五十三歳、がんを抱えている。二年前の手術の時、がんは既に肝臓と肺に転移していた。診療所を受診されたのは「せきがしつこうて」だった。
|
痛みをやわらげるために使用するモルヒネ剤を処方した。せきは落ち着いた。「助かりました。おかげでゴルフ、いつもより楽にまわれました」
|
本人は肝臓に転移していることも、肺に転移していることも、外科医から説明されていて知っている、と淡々と語る。「ゴルフかあ」とぼくは思う。撮った肺のCT写真を見ていると、歩くことさえが奇跡に思える。だのにゴルフかあ、である。
|
「先生、いいですよゴルフ。友だちと話もできるし、緑も空も見えるし」と淡々である。「前と違って、ちょっと息切れして、病気もちったあ進行しとるんでしょうなあ」と、これも淡々。
|
秋の終わり、熱が出て、食欲が落ち、息も苦しくなって入院された。入院後は「ちょっとうどん屋へ」となじみの店へ外出、「ちょっと配達のことで」と家の商売のための外出、「ちょっと娘と話がしたい」と家へ外泊。「下宿みたいに使ってください」とぼくも淡々。
|
「ええよ先生、こういうところがある、ここにおれの部屋がある、と思うと安心よ」と日高さん、淡々と語って、看護婦さんに点滴をしてもらう。奥さんとは別居。母親と二人の娘との四人暮らし。それ以上のことはまだ聞いていない。
|
でも「どうしてこんなにカラッとしているの？」とは聞いてみた。「まあ、やりたいことはみーんなしてきたもんなあ」。どんなことをしてこられたのだろう。
|
「心残りは？」「うーん、あるなあ。商売で借金つくったしなあ」。「二人の娘さんの花嫁姿は？」と聞くと、「こいつばっかりは先生、」と笑った。
|
腰痛を訴え、骨の精密検査で腰椎への転移が分かった。二人の娘さんに説明。二人の目には涙。日高さんは近くの総合病院に放射線照射に通う。
|
「先生、今晩、照射のあと、商売仲間がふぐ鍋しようって。晩飯そっちで食います。そのこと看護婦さんに伝えといてください」と淡々。ぼくは渋々、いや淡々承知。
|
|
|
|
|
|
|
ご意見をメールでお寄せください。アドレスは次の通り。
|
nono_hana@nifty.com
|
|
|
|
|
|
|
★この原稿は、社団法人共同通信の「医師の目人の目 野の花の一日」（徳永進）という配信原稿を、サイト収蔵保存のため再録したものです。連載タイトルと毎回のタイトルは、サイト独自に付す場合もある旨をお断りしておきます。
|
|
|
