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第４１回 往診悲話
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普通の往診は木曜の午後と土曜の午後にしている。今週の木曜は用事があって、彼岸の日の土曜の往診が多くなった。ちょっと急いで回らないと日が暮れる、さあ出発。
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「ごめんくださーい」。大声で守口八百屋店の玄関で叫ぶ。返事がないけど、そのまま上がり込む。いつものベッドにフミばあさんがいない！
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キョロキョロするとベッドの下の畳の上に寝ていた。「わしゃ、畳の方が好きです」とニヤッと笑う。痴ほうは足踏み。
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街を回っていると診療所から電話、谷尻さん宅からの電話を転送するとのこと。「ああ先生、今日は彼岸で、お寺の和尚さん来てまして、神戸から孫も来てまして、忙しいので往診、ご辞退申し上げます｣。次が谷尻さんの番だったのにー。
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じゃあ思い切って、街を離れて海に向かおうと車を走らせる。漁港である。くるくると坂道を登ったところに東山さんの家がある。
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脳梗塞で寝たきり、枕元で「いかがですか？」と聞くと、東山さん涙が出る。奥さんが涙をふく。四歳の元気な孫息子がぼくの腕時計をつかんで「四時五十七分｣と大声で読む。時計が読めるようになって得意げ。
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なんやかんやと診察し、なんやかんやと病状を説明し「また来ます｣と言って外に出ると、友達と遊んでいたあの孫息子がぼくの手を取って読み上げた。「五時四分！あってる？」あってた。恥ずかしくなって、「シッ！」と、その子に言いかけた。レフェリーに滞在時間を判定されたの、初めてだった。
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恥ずかしさのあまり今度は国道２９号線を南下し、山の近くの老人施設へ行った。そこには花江ばあさんがいる。三カ月前に入所した。部屋にはいない。マージャン室にもいない。どこだろう。
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廊下を白衣のまま歩いていると、「あっ先生だ｣「ほんとだ、先生だ｣と、廊下のいすに並んで座っているおばあさんたちがささやいている。この新聞の連載を読んで、みんなぼくのこと、知ってるのかとまんざらでもない気分だった。
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「どこの先生？｣という声が聞こえた。「さあ」「わしゃ知らん」」「わしも知らん｣という声が聞こえた。白衣だから先生、それだけだった。
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トイレから花江ばあさん帰ってきた。｢先生、もう一回、家に帰りたい。いけませんか？」。西日の当たる住み慣れたアパートのことである。老人施設の窓から、秋の夕日が見えた。
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★この原稿は、社団法人共同通信の「医師の目人の目 野の花の一日」（徳永進）という配信原稿を、サイト収蔵保存のため再録したものです。連載タイトルと毎回のタイトルは、サイト独自に付す場合もある旨をお断りしておきます。
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