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第２９回 ホタルツアー
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「ホタル狩りツアー、参加募集！」。看護婦さんの呼び掛けで、ホタルを見にゆくことになった。「桜ツアー」以来である。
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「玄関に七時集合」「七時って、朝のかい、夜のかい」って、揚げ足取り名人の小谷友吉じいさん。「あんた、朝の七時にホタル見る人おりますかいな」と、友吉じいさんとは漫才コンビの山田愛子ばあさん。
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参加人数は患者さん六人、スタッフ八人。患者さんは五人ががんを病む人。携帯用の酸素ボンベに車いすを一緒に車に積み込んで、診療所を出発！
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県外の大学病院で見放されたという権田老先生も参加である。
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「あのね、ホタルは幼虫のとき、光が二つあるの。それが成人になって一つの光になる」。権田学級の始まりである。
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車は湖山池に沿う道をくねりくねりと走ってゆく。日は落ち、あたりは薄暗くなる。吉岡温泉こっち、という表示を左に折れる。ホタルの飛ぶ川は温泉地のはずれの一角にある。
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「いろんな学問がある。科学、哲学、経済学それに教育学、看護学に医学」、権田学級は調子が上がる。「でもそれはただ一つの光。それに人間を洞察し､人間を見守る人間学が加わって､そして一つの光となるのです」、そこで一斉に拍手。「わっからんわ」と友吉じいさん。「権田先生、すごい！」と、うるうる顔の愛子さん。
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温泉街を通り過ぎ、川を渡ったところを左折し､車の明かりを消して、土手道で停車。｢あっ､ホタル｣｢ほんと､ホタル」「きれい､ホタル」。ホタルは川辺の草むらに群れて､光をともし始めていた。
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「ようけえおるねえ」「久しぶりですねえ、こんなにたくさんのホタル見るの」「昔はどっこでもようけえ飛んどったのに」「牛飼ってましたもんねえ」「ホラ､菜種の穂を、飛んどるホタルに振ると、穂にホタルがひっかかって」た。
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闇の中での会話だから、誰が誰か分からない。どの声が患者さんでどの声が職員か､どの声がガンの人でどの声がそうでないか、分からない。
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「わしら、捕ったホタルの光で読書して」と友吉じいさん。「うそばっかり」と、遠くで愛子さんの声。「増えましたねえ、ホタル」「暗うなって、高く飛び始めて、あっち行ってみましょう」「やあきれいですねえ、わあすごーい」。
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乱舞するホタルは光を、ぼくらは声を点滅させ、幻想的な時間を川辺で過ごした。
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★この原稿は、社団法人共同通信の「医師の目人の目 野の花の一日」（徳永進）という配信原稿を、サイト収蔵保存のため再録したものです。連載タイトルと毎回のタイトルは、サイト独自に付す場合もある旨をお断りしておきます。
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