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第２８回 権田学級
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「名古屋から電話です｣と受付の小百合さん。「病室は空いてますか」と男性の声。「はい」と答えると、「大学病院であと六ヵ月の命と言われ、抗がん剤の治験に協力しないなら病院にはこなくていい、と言われて、腹立って」とおっしゃった。
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そんなこと、いくら大学病院だって言うかなあ､と思った。三日後、その人はボストンバッグを持って、タクシーから降りてきた。ちょっとやせた、ひょうひょうとした人だった。
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「鳥取は懐かしい。私、鳥取師範の卒業生です」。エレベーターで二階の上の屋上に上がった。久松山、扇ノ山、水道山、鳥取駅、聖神社、大山、日本海の方向をお教えした。「ええ、ええ。あっちが袋川？こっち？あっそうか｣､うれしそうだった。
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名前は権田誠さん、七十四歳。長く小学校の教員を務めた。診療所でできる検査を一通り済ませ、ぼくは権田さんに何をしてもらおうかと考えた。とりあえず、内服の抗がん剤と免疫活性剤をのんでみることを、相談して決めた。
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「死ぬことの覚悟はできています。強制される医療はいやなんです」とおっしゃった。さてと、次は何をしてもらおう。とりあえず、「わが人生」という題で二十分間しゃべってください、とお願いした。
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権田さんは、ぼくらのスタッフだけじゃなく、ラウンジでお茶を飲んでいる人を前にしゃべり始めた。
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「大阪が教員の初任地でしたが、そこで『鳥取師範卒で教頭、校長になったもんおらんね』って言われましてね。ナニッって思いましたね」。話しているとこみ上げるものがあってか、権田さん、涙を浮かべた。
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「あのときのナニッっていう気持ちですね、あと六ヵ月の命、と言われて思い出したのはね」。権田さん、泣くことで生命力を取り戻してる、と思えた。
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十日ほどたった日曜日、二人の弟さんが広島から訪ねてきてくださった。お話を聞かせてもらった。
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「兄貴、小学校の教頭のとき、授業が済んだあと、父兄の了解もらって、知的障害の子どもを集めて、権田学級開いてたんです。校長に昇任することになって、そしたら父兄から反対運動が起こって。『権田学級をつぶしたらあかん』って。兄貴、子どもや親御さんに慕われてました。」
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いい話だなあ、と思った。ひょうきんな感じの権田さんのこと、今度から権田先生と呼ぼう、診療所で権田学級を復活させてもらおっ！
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★この原稿は、社団法人共同通信の「医師の目人の目 野の花の一日」（徳永進）という配信原稿を、サイト収蔵保存のため再録したものです。連載タイトルと毎回のタイトルは、サイト独自に付す場合もある旨をお断りしておきます。
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