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第２６回 お茶でーす
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診療所をオープンする前に買いそろえなければならない物、いろいろあった。
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ベッド、冷蔵庫、製氷機、洗濯機、掃除機、水洗トイレの便器、洗面器、照明器具、空調機、カーテン、ドア、ドアの取っ手、病院の電話、机、いす、ナースの白衣、エプロン、ナースシューズ、歩行器、吸引機、テレビ、ワゴン車、回診車、浴槽、手すり。
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人に任せておいてもいい物もあったが、どうしてもこれだけは自分で決めたい、という物もあった。
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その一つは、やかん、だった。京都に用があったとき、錦の市場のやかん屋さんの前で足が止まった。とても巨大なやかん。アルミ製で、職人さんが手仕事で打ち出した物だった。
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病人に欠かすことのできない物、死が近づいた時に欠かすことのできない物、なーんだ。その答えの一つは「お茶」だ。どんなお茶を患者さんに出すか、出せるか。そのこととホスピスケアの実力とは相関する、とぼくはかねがね思っていた。だから、そのお茶の入るやかんにはこだわりたい、と思ったのだった。
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その時はお金が足らず、別の時、お金を用意して、錦の市場に行くと、そのやかんは売れていた。店の主人に相談すると、倉庫から真ちゅうの大型のやかんを出してきてくれた。いいやかんだった。思い切って、それを買った。「キャー」と女房。「うちのはぼろいのに！」
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ほんとは「お茶でーす」「お茶でーす」とぼくが廊下で声を上げながら、病室を回り、患者さん一人ひとりに「今日のお茶」を配るのが夢である。いつかそれをやってみたい。
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お茶は食事の時、お菓子を食べるときにもいい。また、脱水症状にも効くし、口腔ケアにも有効だ。使った茶葉はにおい消しにもなる。
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夢がかなう日、ぼくはどんなお茶を用意すればいいだろう。とりあえずは、ほうじ茶にしよう。台所で茶をいり、茶の香を病棟に流してから配ろう。 浜辺の豆科の植物を干してきざんで、茶にするハマ茶を冷やすと、おいしい。ウーロン茶、いいぞ。ジャスミンティー、名前がいいぞ。初めて出合うお茶もいいぞ。
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地元のお茶、日本中の、いや世界の手作り茶もいいぞ。誰か届けてくれないかなあ。「お茶でーす。今日はタンポポ茶とコブ茶、ダージリンティーにブルーマウンテンのミックスでーす」とぼくは病室を回る。患者さんは叫ぶ。「そんなん、滅茶苦茶や」
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★この原稿は、社団法人共同通信の「医師の目人の目 野の花の一日」（徳永進）という配信原稿を、サイト収蔵保存のため再録したものです。連載タイトルと毎回のタイトルは、サイト独自に付す場合もある旨をお断りしておきます。
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