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第２５回 なごり感のこと
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勤務医時代と、自分で開業した今と、何か違うものがある。給料をもらう側から、給料を払う側に変わった、というのも違うことの一つ。でも、そういうことではなくて、もっと違うものがあるのを感じている。
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それは、患者さんへの親近感というか、なじみ感というようなもの、場合によっては、なごり感といってもいいようなもの、それが違ってきたと感じる。
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患者さんに死がやってくる。患者さんが亡くなる。すると、患者さんは病室からいなくなる。家族の姿も診療所から消える。そのことが心のどこかで寂しく思える。そんなこと、勤務医時代も当然同様だっただろう、としかられそうなことではある。
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口に出しては言えないが、今の方が何となく寂しい、と思う。いや、今の方が寂しく思える。いや、思えるようになった、と言うべきだろうか。
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家で死を迎えることを決めておられる患者さんや家族がある。ぼくと看護婦さんは家へ往診する。なじみのあるわが家で、患者さんは一日一日を、今までと同じように過ごされる。往診させてもらっていると、こっちもその家、その家のたたずまい、その家の人たちになじみ感が生まれる。
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「頑張ってくださいね」「死なんてね、あっち行け、って言ってやりましょうね」「でもね、死が来たら、それはそれで受け止めたりましょ。死って、悪いやつだけど、悪いやつじゃないですから」などと声援を送りたくなる。親しみが生まれる。
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家にも死が来る。死が来ると、患者さんは家にいなくなる。家族から「点滴に来てください」とか「点滴終わりました」とか「ちょっと変です、熱出てます、診てやってもらえませんか」などという電話もかからなくなる。もう往診することもない。「はーい、診療所です、おじゃましまーす」と言って、勝手に他人の家に上がることもない。
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先日、長屋住まいの五郎じいさんが亡くなった。付き添っていたのは八十五歳のおばあちゃんで、「こっちの方が逝きそうですわ｣と言って笑っていた。いいおばあちゃんで、いい長屋だった。
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ついなつかしくて、なくなった三日目、往診してしまった。点滴する人は白い箱の中。だから、点滴ではなく、線香をあげた。もう来ることもないかと思うと、寂しかった。死が悪いのは、親しみをなごりに強引に変える、からだろう。
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★この原稿は、社団法人共同通信の「医師の目人の目 野の花の一日」（徳永進）という配信原稿を、サイト収蔵保存のため再録したものです。連載タイトルと毎回のタイトルは、サイト独自に付す場合もある旨をお断りしておきます。
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