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第十回 最後までよろしく
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七十歳の、膵（すい）がんの終末期の日々を過ごしている戸田二郎さんに「息子のときには、世話になりました」と言われて、十年前の日々のことを昨日のことのように思い出した。
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「いつ治るんですか、ぼくの病気、どうなってるんですか」と、二十九歳の小腸がんの戸田竜也くんは回診の時、ぼくに詰め寄った。「もう少し頑張ろう」とぼくはお茶を濁した。
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そして夜、お父さんに電話をかけた。「若いんですけど、病気のこと、ほんとの病名、知ってもらった方がいいと思うんです。お父さんから言ってもらえませんか」。翌日、お父さんはやってきた。会議室でぼくとお父さんは話し合った。
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「私もそう思ったんです」とお父さんは言った。「もう子どもじゃないんだし、ほんとの病名、自分の体のことですから、知った方がいいって。話があるってあの子を呼んで座らせたんです。ここまで出てるのに」と言って、お父さんは手をのどに水平に当てた。
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「ここまで出てるのに、それ以上言えないんですよ。『なに、用って』って息子は言って、『忘れた、なんでもない』って。先生、父親って、悲しいもんですよ」。お父さんは数日後、もう一度、息子を呼んだ。その時も言えなかった。
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「先生、夜が眠れませんでね。眠れん日は衛星放送を見るんです。あれ、朝までやってますからね。すると次の夜は眠れる。昔は衛星放送なんてなかった」
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もう一つ思い出した。竜也くんには、神戸にフィアンセがいた。でも、病気のことがはっきりして、親同士の話で婚約は解消になっていた。彼はそのことを知らない。「まずい」とぼくは思った。
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死が近づいた時、病室を訪ねてくれたり、氷枕を替えてくれることのないフィアンセを、彼は不信に思うだろう。死より不信、そちらの方こそ避けるべきだ、と思った。「もったいないくらい、理解のある親御さんで」とお父さんは言い、連絡を取った。
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数日後、フィアンセは鳥取に来てくれた。達也くんは砂丘や山陰海岸を案内。二泊して彼女は帰った。
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彼はロビーにポツンと一人。近づいて、ぼくは聞いた。「何か話した？」「ああ、先生ですか。はい」「なんて」「『おれ、もうダメかもしれんけど、最後までよろしく』って」
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十年前の内科病棟のシーンとしたロビーのことを、今も思い出す。
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★この原稿は、社団法人共同通信の「医師の目人の目 野の花の一日」（徳永進）という配信原稿を、サイト収蔵保存のため再録したものです。連載タイトルと毎回のタイトルは、サイト独自に付す場合もある旨をお断りしておきます。
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